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2004/05/23

第1回時の路ヒルクライム in 会津 自転車ロードレース参戦記

0515

 実は私の実家は自転車屋である。ゆえに自転車レースについては子供の頃から興味あったけれども自分自身が参戦することは考えてもいなかった。ツールド・フランスやジロ・デ・イタリアは遠い国の話であり、私は雑誌などで結果を見るしか方法がなかった。 私がレースに出なかった理由は簡単で、まず競技用自転車を買おうとすると入門用の自転車ですら価格は10万円が最低ラインである。一般的にたかがチャリ(自転車屋、サイクリストはこの言葉を嫌うので注意)でそんなに出せるか、という気持ちは今でもある。

 もうひとつはもっと単純で、私が自転車に乗りまくっていた20年前は公道を封鎖して自転車レースを行なうことなど殆ど無かったからである。 時代は変わる。警視庁、自衛隊、海上保安庁が映画撮影に協力するようになった。特区ができ、かつ地方交付税交付金の割り当てが目減りしている現在、田舎の公道を封鎖してイベントを開催することが増えたのは自然の成り行きかもしれない。

 ヒルクライムだから当然山登りである。山を登るわけだからスタート地点あるいはゴール地点は温泉街であることが多い。ここがミソで要は参加者を温泉宿に泊めるために企画を立てたと言ってよいだろう。バレンタインデーが製菓会社の企みなのと同じである。

 過去の経緯はともかく、ヒルクライムレースが全国で企画されている以上、ぜひとも走りたい。幸い自転車は買った。しかし緒戦のレース、群馬県ツールド・草津ははペダル脱落によりリタイア。悔しさが収まらず、2戦目を福島県会津本郷町、時の路会津ヒルクライムレースと定め、毎日会社帰りにジムでトレーニングを行なった。本来土日も走りこむべきであるが、これはサッカー観戦を優先したためなし。自分自身、この辺に軟弱さを感じるものはある。

 前日、会津高田のユースホステルに宿泊する。外は雨。雨の中走るのはつらい。同宿した他の参加者達と愚痴をいいながら宿泊する。雨の中は走りたくない。濡れるし寒いし転ぶし疲れる。頼むから晴れて欲しい。そう思いながら布団に入る。

 翌朝、5時起床。外は明るい。雨は降っていないし木漏れ日が差している。少し安心する。ユースホステルとはいえシングルルームなので考えることは多い。ペース配分や車両のチェック、忘れ物の有無など。こういうときは楽しさと怖さが同居している。

 私は自家用車で来ているのでゆっくりしているが、自走組みはもう出発準備に入っている。互いに健闘を祈って別れる。ついで私も出発準備に入る。まずは着替え。自転車レースなので普通サイクルジャージを着るが今回は福島県開催のため横浜FCレプリカユニフォームを着る。理由は当然、背中の「ふくしまの米」をアピールするためである。昨日エントリーしたときに貰ったゼッケンを安全ピンで留め、出発する。

 参加者の多くが既に到着し自転車のセットアップを開始している。私も自家用車から自転車を取り出し空気調整と各ねじのマシ締めを行いスターと地点に行く。私の参加クラスはロードの部30~39歳。レース区分の中ではボリュームゾーンである。

 午前9時。開会式。会津本郷町長の長-い話が延々と続く。殆ど小学校の朝礼を思い出させる。その後商工会会長、会津若松警察署長、青年団、JR地区長などが話を行なう。天気も良くて眠くなる。午前9時30分、クラス別にスタートする。チャンピオンズクラスがスタートして、その次が私のグループなのでスタート順が比較的早い。気持ちの準備ができていなかったので少し焦る。役場前の直線道路で一旦停止。そしてスタート。足首に巻いたRCチップ(コンピュータ計測チップ)が測定器を通過し競技開始。

 開始してしばらくは平坦な路を走る。このレース、全長13.5キロであるが、6~7キロは平坦な路を走る。この間集落をいくつか通過する。すべての交差点は警察によって封鎖され、信号機は青で固定される中走るのはたいへん気持ちが良い。

 道は徐々に上り坂に入る。私が本来所有している自転車は修理中のため店の代車で出場。競技用を前提としていないためこいでもあまり進まない。競争心理があるのでいつもより力を入れてこぐ。そうするとオーバーペースぎみになり焦りと疲れがでて前に進まない。 まだ3分の1を過ぎたあたりであるが、疲れてきた。ペダルに力が入らなくなる。もう少し、あのコーナーを越えたら一息つこうと思うけれど、そういうときに限って道は平坦になる。本能的にギア比を上げ、スピードを出す。

 数キロおきに集落の中を通過する。10件程度の民家にはお爺ちゃんお婆ちゃんが旗を振りながらがんばれーっと声援を送ってくれる。私の実家は国道1号線沿いにあり、私の正月は現場で箱根駅伝を旗を振り選手を応援しながら過ごしてきた。今、逆の立場で私は走っている。声援を受けて走るのは悪い気はしない。しかしペースが落ちると罵声が飛び始める。「何やってるんだー!やる気無いならやめちまえ!」と怒鳴られると無性にムカついてく
る。しかし私だって三ツ沢球技場で全く同じ言葉を選手に吐いているので人のことは言えない。

 いつしか集落は途切れ勾配が急になり道はつづら折になる。走っていると抜くこともあるが抜かれることのほうが圧倒的に多い。短いコーナーをエッチラオッチラ登っていると視界には誰もいなくなった。私一人が黙々と登っている。

 永遠に上り坂が続くように思えてくる。ひょっとしたら私はビリなのかもしれない。そう思えてくる。そう思いながらコーナーを抜けると少し長い直線に出る。その直線にはビッシリと1列になって登る選手の一団がいた。良かった。俺だけではなかった。少しペースが上がる。そして後ろから選手が私を抜きにかかる。みんな息をハアハア
ゼイゼイあえぎながら登る。ペダルをこぐ力が弱い。初心者もベテランも皆苦しい。負けたくはない。私も気を取り直してこぎ続ける。

 目の前、約10メートルくらい先を私と同じようなペースで走る選手が見える。これは抜きにかかる。10メートルくらいならすぐに抜けそうな気もするが、速度差で言うと時速10キロと11キロの差くらいしかないのでなかなか縮まらない。もう少しペースを上げようとするがもう力が入らない。わき腹が痙攣し始める。もう少し、もう少し踏み込めばこいつを抜けるのに、どうしてそのもう少しが踏めないんだよコンチクショウ!と腹が立つ。

 しばらくするとその選手は勝手に脱落してくれた。再びコーナーが続き、私の一人旅が始まる。しばらくするとあと5キロの看板が出る。残り1/3である。あと5キロもあるのかとうんざりする。周りの木の葉が少なくなり、視界が開けてくる。コーナーを曲がると下界が開ける。下界に会津本郷の町並みが見えると結構登ってきたものだと感慨深い。ペダルは相変わらずきついがだんだん慣れてきた。残り4キロ、3キロ、2キロ・・と看板が出るたび元気になる。残り1キロの看板を過ぎると遠くのほうで、「ドン!ドン!」とタイコを叩く音が聞こえてきた。

 コーナーをいくつか曲がると競技役員が沿道に立ち始めてきた。最後のコーナーを曲がると直線が現れ、タイコを叩く人がいて、そこがフィニッシュラインだった。競技終了。ゴールを通過したが、そこで自転車を止めることは許されず、そのまま真っ直ぐ走らされる。ゴールはちょうど峠の頂上になっており、ゴールを抜けると長いトンネルが現れ下り坂となった。

 長い下り坂を走ると目の前にダム湖が現れる。そのダム湖畔が休憩所になっていた。ロックフィル式の新しいダムで、すでに大勢の人が休んでいる。私も湖畔に入り自転車を止めた。地元の人が食料のサービスをしている。五平餅と3色ダンゴを貰う。喉がカラカラの状態で餅を貰っても困るのだが・・。給水所を見つけて飲む。何杯も飲む。やっと一息ついた。ダム湖なので空気が冷たく気持ちいい。

 終わってしまえばあっけなかった。ゼイゼイハアハア登ってはいたけれど、気を取り直して見ると大して疲れてはなかった。もうひとレースやってもかまわなかった。事実上のデビュー戦なので緊張していたかも知れぬ。順位はわからない。RCチップによる計測なので結果が判明するまで時間がかかる。このレースに置いて私は順位には興味がなかった。

たいした順位ではないのは確かだし。ただ、こんなに余裕が残っているのであればもう少し全力を出したかった。いまさらながら自分に対して悔しい。 あらかた選手がゴールしたころ、今度は下山が始まる。一団となって山を下る。ペダルをこがなくてもスピードだけはどんどん出るので気持ちが良い。辛かった山道も降りるのは楽。山を折りきると市街地を一周する。これはエピローグランなのか。田んぼのあぜ道を走ってスタート地点に戻った。スタート地点でも地元の青年団が食料提供をしていた。 感慨深かったがこれでレース終了。閉会式は2時間後に行なわれるが、私はパスし、自転車を分解して車に積み込み横浜に帰った。帰りの道路はガラガラで4時間程度で自宅に到着。実家に寄り夕食を食べる。

 家族のものが「レースどうだった?」と口々に聞く。「完走した。」と私。そう・・。それ以上は聞かれなかった。順位など気にしない、無事に帰ってくればヨシ。そういうものなのかも知れぬ。普段観戦する立場から参戦する立場に。種目は違えど戦うことは楽しい。また出たい。次の日程はまだわからないが、もう少し練習して上手く早くなりたい。 

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