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2004年7月

2004/07/25

大阪市立長居ユースホステル

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 7月17日から19日まで大阪に行ってきました。目的は大学時代の友人と会うためです。15年ぶりの再会でした。年が経つのが滅茶苦茶に早く感じます。当然サッカーもみました。関西でやっているナビスコカップは神戸-F東京戦と長居でやっているC大阪-広島戦です。どう考えても神戸のほうが楽しそうなのですが、私は一度、長居ユースホステルに泊まりたかったのでC大阪-広島戦を選択しました。

 長居ユースホステルはその名の通り長居スタジアムの中にあります。私が学生時代の頃のユースホステルというと古びた建物を男女別に分け、門限は18時、蚕棚のようなベッドに夕食後はミーティングというシロモノだったのですが、最近は大きく変わりました。ホテル同様の受付にシングルルーム、門限11時までであとは好きにしてよい、となっています。これで朝食つきシングル3500円ですから激安と言えます。正直言ってもうユースホステルというトシではないのですが、寝る場所はいとわずとなると相変わらず重要な選択肢です。

 このユースはスタジアムの中にあるため、全体的に細く弓なりな構造になっています。ちょうどバックスタンド階段の裏手にある感じ。試合が始まる前にチェックイン、試合が終わって10分後にはベッドの中なのでこのスタジアムで試合を観る人は最適だとおもいます。

長居ユースホステルのリンク:http://www.oct.zaq.ne.jp/nagai-yh/

日テレベレーザ 1-0 田崎ペルーレ

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 味の素スタジアムで試合を観戦するときには必ず立ち寄る南武線矢野口駅前のラーメン屋「虎心房」で昼食を取ってから稲城に向かう。稲城中央公園は読売ランドから山を一つ挟んだ反対側のところにあり、一般の人にはかなりわかりにくい。ラーメン屋を出たときには10分もあればつくだろうと思っていたが予想外に時間がかかり、会場に到着したのは試合開始10分前。スタジアムにバイクを停めた時には選手紹介のアナウンスが聞こえていた。駐車場はほぼ満車。入口には続々と人が入ってきている。メインスタンドはほぼ満員なのでバックスタンド芝生席に回る。こちらは少し空きがあったが、ここも試合開始時は観戦客でいっぱいになった。

 2000人以上入った観客、ゴール裏でカメラを構える大勢のプレス、テレビカメラまで入ってきている。これはもちろん日本女子代表がアテネ行きを決めたからであろうが、とにかくよく入った。

 試合はお互いに攻めあういい内容だったと思う。

稲城中央公園陸上競技場 晴 観衆:約2,000人(推定)

2004/07/24

川崎 5-1 水戸

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 5-1という結果ほど水戸は弱いチームではなかったと思う。90分間しっかりと戦ったし、守りを固めてすばやく攻撃に移るという戦術は納得できたし分かりやすかった。

 一般的にそういう守りから入るサッカーは批判を受けやすい。守備的な戦術を取るチームが多いJ2の中でも水戸は特に守備的とされていて、タテポンだけのカウンターサッカーというイメージがあった。確かに数年前まではそうだったのかもしれないが、少なくとも今年の水戸は「いいサッカー」をやっている。まず守る、というのはサッカーに限らずすべてのスポーツの基本でこれができていないチームは勝つことはできない。なぜなら得点をすることと失点を防ぐことを比較した場合、得点をすることのほうが難しいから。だから失点しやすいチームは負けの方が多いということが言える。

 水戸はその攻守の切り替えがキチンとできていた。それはフォワードに小林という元川崎の選手を獲得できたことが大きくモノを言っている。前線を隅から隅まで走れるフォワードはマークがつきにくい。電柱のようにポスト役になるのも一つのテだと思うがこういうボールを当てて折り返すサッカーは敵に狙いを読まれやすい。横浜FCが得点力不足に陥った理由はそこにある。

 小林は期待にたがわぬ働きをした。事実川崎から1点をもぎ取った。しかし、悲しいかな、今の川崎と水戸ではチームとしての実力が全く違う。これが先制点を取ったのが水戸で先制点取得後に守り重視で行けば結果は分からなかったと思うが川崎と正面切って戦うだけの実力はなかった。

 大勝となった大きな理由は水戸がヘタだったのではなく、川崎の我那覇の成長によるものが大きいだろう。前々からその片鱗は見せ付けていたのだが、この試合で本当にブレークしたと思う。以前はコボレ玉を拾って決めるのが得意技であったのが、今回は混戦状態から抜け出してシュートを放つケースが増えてきた。この試合でもコボレ玉を決めた得点があったが、もう自分で点を取りに行くフォワードに成長したと言っていいだろう。

 こういうフォワードは外国人を含めても珍しい。ヘッドで点を取るのが特異な選手やフリースペースを見つけてシュートを打つ選手はたくさんいる。しかし混戦状態になった場所からし近距離でゴールを狙える選手はなかなかいない。我那覇と他の誰か、というフォーメーションが組めるわけで関塚監督としてはオプションがたくさん増えてスタメン選びが難しくなっているのではないか。もちろん他チームから見れば羨ましい悩みであろうが。

 今、一番日本代表に近いフォワードは我那覇である、という声があったが私もそう思う。ハッキリ言って鈴木隆行などよりは遥かにマシ、西澤など比較するのも愚と言える。自分でボールを持ってゴールに向かう。フォワードとして一番重要なものを兼ね備えているのではないか。もちろんフリースペースを見つけるのに苦労したりするところは相変わらずで、それは多く望むのはいけないのかもしれない。残念ながら我那覇の場合、ポスト役のフォワードとは相性が悪い。この一点において彼が日本代表になるのは難しいところではある。

 試合は前半で2-0となった時点で終わっていたと言える。今の川崎に勝つためには先制点を与えたら絶対にダメ、というのは水戸の選手も分かっていたのだろう。本間を含めてガッカリしていたのが手に取るようにわかる。この試合、本間は何度もいいセービングを見せていた。試合の後半、クリアのタイミングを誤り黒津に抜かれたのはいただけないが、相変わらずいいキーパーだ。彼も水戸にずいぶん長くいるけれど、第一キーパーでありつづけることは納得できる。

 5-1。川崎にとってはJ1昇格に向けて幸先のいい後半戦スタートとなった。おそらくJ1昇格はほぼ決まりだろう。あとは控え選手をどれだけ試せるかというツメの問題か。ひとつひとつ、昇格まで試合をモノにしていけばいいと思う。

等々力陸上競技場 観衆:8,585人(公式発表)

2004/07/17

セレッソ大阪 0-2 広島

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 長居スタジアムでサッカーを見るのは久しぶりである。前回観戦したのは1998年12月、天皇杯準決勝の鹿島アントラーズ対横浜フリューゲルスだった。この前はアウェイゴール裏だったけれど今回はバックスタンド。当時の景色がいろいろ思い出されてきて結構懐かしい。

 試合開始30分前にスタジアム入りしたが、スタンドに全く客が入っていないことに驚く。妙に盛り上げようとするスタジアムDJが虚しさを助長する。監督解任を重ねた今のセレッソのセレッソに客の入りを期待するのは無理なのか。やむをえないことではあるが寂しいものである。

 試合は私が今まで見た中では稀に見るほど低レベルな内容で、失望しか感じ得なかった。このような内容の試合をしていればそりゃ客も減るだろう。ハッキリ言ってフロンターレの方が全然マシで、この程度の試合しかできないのであれば川崎もそんなにJ1を恐れるものではないのかも知れない。

 もちろんリーグ中断中で、しかもセレッソは監督を交代しているわけだから、このような試合は調整の意味合いが大きいだろう。しかしたとえ調整といえども試合の取り組み方やある程度の技術レベルはあってしかるべきで、これが見えないとチームはともかく観客のほうがつらい。

 なぜつまらなかったのか、その原因はいくつもあるが、全体的にいえるのはモチベーションの低さによるものが大きいだろう。ルーズボールを追わないという姿勢にも問題があるが、お互いのディフェンスがバスケットで言うところのゾーンディフェンスとなっておりフォワードにプレッシャーが全くかかかっていなかった。そのディフェンス能力がより酷かったのがセレッソで、広島のフォワードのチェックについて連携が全くできていない。

 例えば広島の茂木がボールを持って攻めあがる。これに対しセレッソはディフェンス2人をあてがう。それはいいのだが、残り2人もこの茂木を凝視してしまっているため、他の広島の選手を見ない。するするとフリーのポジションに陣取った盛田にパスが渡る。盛田はあいているゴールに向かって思いっきり蹴りこむだけだった。こんな緊張感の欠けたゲームを見せられたらセレッソサポーターはつらいだろう。

 セレッソの攻撃もまた酷い。セレッソの足を引っ張っているのは西澤で、彼はゴールを背にしてパスを貰い、おもむろに反転してシュートを打とうとするのでどうしてもシュートまでに時間がかかってしまう。この間に広島ディフェンス陣はシュートコースを閉じ、ボールを奪う。西澤はやる気あるのか!私は観客の少ない長居スタジアムで一人憤っていた。

 モチベーションの低さとうのであれば、酷いのは西澤だけではなかった。セレッソの中で一番マトモだったのが森島、あとは新加入のマリオ。そのくらいか。私は西澤を出すくらいなら徳重を出したほうがずっとマシだと思うのだが小林監督はそのようなことはしない。後半も相当すぎても交代をしない。セレッソはこの監督で大丈夫なのか?他人事ながら気になる。

 セレッソは全くいいところが無く0-2で負けた。スコア以上の内容の無さと言っても良かった。それは勝った広島がダメダメな内容であったため、内容の無さに輪をかけたのかも知れない。

 試合が終わり選手が挨拶にバックスタンドに来る。大半の観客は無視して引き上げようとするが、何人かは罵声を飛ばす。関西人だけにその言葉はエゲツない。仕方ないとはいえ、怒鳴るほうも怒鳴られるほうも不幸なことだと思う。

 セレッソは来年どうなるのだろうか。残留しても降格しても来期は結構辛いと思う。ダメダメなチームがどう変革できるか見ものではある。

長居陸上競技場 観衆:曇 5,689人(公式発表)
 


2004/07/15

富士通川崎1994

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 現在、部屋の掃除をしています。一人暮らしなので一日では終わりません。私はチケットやマッチーデープログラムは全部保管しているのでそういう資料がオーバーフロー状態になってきました。思い切ってマッチデーは捨てることに。こういうものは読み始めると終わらなくなるので掃除が進みません。昔の資料を全部あさっていたら懐かしいものが出てきました。1994年度JFLに参加している富士通川崎の後援会会員証です。年会費1000円払うと500円のテレホンカードが渡され、これがそのまま会員証になるというナイスなアイデアです。この会員証を富士通主催試合会場に持っていくと5名まで招待券が渡されます。つまり事実上、年会費500円で年間チケットを5名様にプレゼントという今のフロンターレを遥かに上に行く太っ腹振りです。

 私はこの年以降、何試合か見に行きました。観衆は100人から500人くらいでしたが2000人くらい入ったこともありました。富士通は弱いチームでしたがエースストライカーに源平という選手がいて彼が富士通の得点源でした。レベルは同時に応援していた横浜フリューゲルスとは比べ物になりませんでしたが、彼のひたむきなプレーは人をひきつけました。私はそういう人を見ると無条件で応援します。

 この1994シーズンの2年後、富士通川崎はJリーグに参戦を発表。川崎フロンターレとなりました。源平選手はフロンターレ初年度も選手として在籍しましたが徐々に出場機会はなくなり、引退しました。

2004/07/11

三ツ境にて・・・はあ・・

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三ツ境に買い物に行った帰り道、乗っていった車を引っかいてしまいました。はぁぁぁぁぁ・・・・。
ご存知の人も多いかもしれませんが、三ツ境駅南口側は駅前が下り坂になっており、しかも車が一台ギリギリしか通れないような道路がやたらとあるのです。そういう狭い道路を坂下から駅に向かって走り、坂上の県道に出て左折したところ、ブロック塀に引っかいてしまいました。狭い道の上り坂を左折だと死角が非常に大きくなります。車を引っかいたのって15年ぶりくらいですね。鬱・・。

修理代は見積もっていないのでまだわからないけれど、10万弱といったところでしょうか。ロンドン直行往復航空券が買えます。うーーーーーーーーん。

2004/07/10

横浜FC 3-0 サガン鳥栖

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 予報は雨ということでカッパを着て三ツ沢に到着。しかし天気は曇り、湿度がえらく高い。ビールが飲みたい。心底そう思うがバイクで来ているのでそうは行かない。悔しいので今度は自転車で来ようかと思う。ビール飲んで自転車で20キロ走るとどうなるのか怖くて想像できないが。

 試合は3-0で横浜の勝ち。楽勝と言える展開でこんなスカッとした展開は何年ぶりだろうと考えたが開幕の仙台戦が4-0だったか。もうずっと昔の出来事のような気がする。試合を振り返る。横浜が勝ったのはいいことだしキーパー菅野がダイレクトで点を入れたのは純粋に面白かった。しかし後半、その菅野の追加点が入った時点で事実上試合は終わり、間延びしたユルイ空気がスタジアムを試合していた。私としてはなんだかやりきれない気持ちがある。

 前半はいいゲームだった。鳥栖はスリートップで望み、センターフォワードの田代と左右の小石、竹村が前後を交互に変わる。田代の1トップと小石・竹村の2トップが状況に応じて変化するわけで、これは横浜FCとしてはつらいだろうなと思っていた。

 しかし横浜も前節までのユルイ展開ではなかった。その起点となったのはもちろん今節加入の眞中靖夫の積極的な動きによるものだが、後方もなんとかして眞中にパスをだそうという気持ちが見れて、試合そのものを充分に楽しめた。あくまでも前半だけは、であるが。

 横浜は内田と北村が中盤を張り、城と眞中にパスを出す。それは今までワンパターンのように行なってきたサイドからのクロス一辺倒とは違う、スピードも切れもあるいい攻撃だった。正直な話、J2の中下位同士の試合でここまでスリリングな攻守の切り替えが行なわれる試合が見れるとは思ってもいなかった。勝負は先制点を入れたほうが有利だなと感じた。

 その中盤からのラッシュで横浜の先制点は生まれた。その後は一進一退が続く好ゲームで前半が終わり、後半の開始1分、菅野の超ロングシュート(シュートではないだろうが)で事実上試合が終わった。その後は両チームともだらけきったゲームとなり見るべきものはなかった。

 勝ち越した後、無理に点を取りに行かないのはリトバルスキーの指示によるものだろうが、私はこういう取り組みは好きではない。見る側としては、緊張感に欠けるというのもあるが、今の横浜FCは積極的にもっと点を取りに行かなければならないのではないか。

 今まで0-5とか1-6とか訳のわからないスコアで惨敗している以上、点のとれる試合は点を取りに行くべきではないか。この展開になって一番苛立っているのが城で、彼に交代の指示が出たときの悔しそうな表情は忘れられない。そりゃあそうだろう。彼自身がもっと結果を出さなければならないのは当然としても、今の横浜FCに必要なのは得失点差をを引き離すことなのだから。今年のJ2は混戦で、数チームが同じ勝点で並ぶことは珍しくはない。であればもっと点を取って欲しかった。岩倉が出たあたりからは再び攻撃姿勢を出したが遅すぎる。

 眞中も積極的に打つ態度はすばらしいが、いま少しシュート精度を高める必要がある。能力的には申し分ないので、この辺りが今後の期待としていいと思う。

三ツ沢球技場:観戦記 曇 3,004人(公式発表)

2004/07/08

日々是練習

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 自宅の前に距離600メートル、標高差50メートル程度のややキツメの坂があります。この坂を毎日10往復、自転車で上り下りする練習をしています。もう2ヶ月ほど続けています。本当は30キロメートル程度のロードワークをしたほうが体力向上になるのですが、今の私にはそんな気力も時間もありません。手っ取り早いのは上り坂の練習です。最初は数往復で息が上がりましたがやっていくうちに慣れてきます。できなかったことができるようになると嬉しいですね。もっともこういうのは続けるのが大事なのですが、雨が降ったり飲んだり仕事でぐったりするとそんな気力もうせます。その日はいいかも知れませんが、翌日以降、トレーニングをしようとするにはかなり強い意志が必要です。がんばらなきゃ。

2004/07/07

新しい仕事場

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転勤で仕事場が蒲田に移りました。上記写真の通りの奥に事務所があります。もっとも14年前から2年前までの12年間この街で勤めていて、またこの街に戻ってきただけなのですが。ゴミゴミしていますが、飲むところには苦労しないし気取る必要もないし結構好きな街ではあります。

2004/07/05

ユーロ2004

ユーロ2004が終わりました。私はWOWOWに加入していないのでTBSの試合しか観ていないのですが、いい試合だったと思います。この点で後話を一つ。

私はユーロ開幕前に「フットボール道場」と呼ばれるトークイベント(企画:NPO法人横浜スポーツコミニュケーションズ)に参加しました。議題はポルトガルサッカー、「世界の”周縁”で、技巧をさけぶ ポルトガル・ゴールデンエイジ最後の船出」。ゲストはポルトガルサッカー第一人者、市ノ瀬敦氏。ここでユーロ予想というのをやったのですが、そこでの優勝予想は「南欧のチーム」。理由は20年に1度、南ヨーロッパのチームが優勝していて、今年はその20年目だから。ちなみにこのトークイベントのレポートは私が書いています。

 リンク先:NPO法人横浜スポーツコミニュケーションズ

       フットボール道場

レポート:世界の”周縁”で、技巧をさけぶ ポルトガル・ゴールデンエイジ最後の船出

ちなみに私と理事長とはよく一緒に横浜FCや川崎や地域リーグの試合を観ています。ブログはこちら。       
      理事長日誌

決勝進出チームがポルトガルとギリシャとなった段階で予想達成です。凄い。試合はギリシャ優勝となったわけですが、ノーマークでしたね。ポルトガル優勝は私の周囲にも何人かいました。

何故フランスやイタリア、スペイン、イングランドが優勝できなかったのでしょうか。UEFA幹部は自国リーグに外国人選手が増えすぎたため、としていますが私は違うと思います。純粋に主力選手の年間出場試合数が多すぎるのが元ではないかと。

横浜FCの年間44試合+天皇杯数試合を「世界でもまれに見る過酷なリーグ」と言った人がいましたが、この程度の試合数はヨーロッパでは普通です。イングランドの下部リーグは24チーム。これだとH&Aで46試合です。これにリーグカップ、FAカップ、昇格前のプレーオフを戦います。とすると年間60試合程度ですか。

 これがレアルマドリーともなるとリーグ戦38試合に加えて国内カップ戦が7試合程度、チャンピオンズリーグが10試合で55試合となります。これにアジアツァーが数試合で60試合。ジダンやベッカムはさらに代表の親善試合、選手権予選、本戦があるので70試合でしょうか。1年は50週ですからオフを除けばコンスタントに1週間に2試合消化します。これじゃあ選手権は勝てない。02年W杯でその傾向が出ましたが、今回もそうなりました。

 UEFAがトップリーグのチーム数を16に減らすように勧告しましたができるのでしょうか。この辺は日本のプロ野球と同じく既得権益の戦いになるような気がします。

フットボール道場の写真はこちらです。湯浅健二氏や宇都宮徹壱氏がゲストに来るなど本格的なイベントです。定期的に開催していますので参加してみてください。
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2004/07/04

My自転車がきました

今日、競技用自転車が納車されました。ブリヂストン製のアンカーRML7というモデルでちょっと値段が張りました。どういう自転車かと言うと、こういう自転車です。これから練習に割く日が増えます。もちろんサッカーも観ますが土日とも観戦というのは難しいかも知れません。

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2004/07/02

川崎 2-0 横浜FC

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 川崎側でも横浜側でもない、ごく普通の一般客の観点で見ればいい試合だったと思う。もちろん負けた横浜から見れば、勝つことだけがすべてなわけで、負けたけどいい試合でした、などというのは意味がない。受け止め方によってはバカにしているのか?と取られるかも知れない。

 けれども単純に戦力差がある戦いで、横浜には怪我人も多い状態で勝つための戦略を考えた場合、この試合以上のモノを期待するのは無理だろう。川崎はフォワードを3人も立てて左右に得点力のあるウィングを配置している。この川崎の攻撃力に対し、ディフェンスラインをギリギリに保ってオフサイドを取るという横浜の守備力は見ていて楽しかった。守備の確かさを楽しめる試合というのはなかなかない。

 そのギリギリの緊張感を持たせた横浜の守備陣に対して川崎は明らかに苛立っていた。中盤のポジションも横浜の方が密度が高かったために川崎はなかなかボールが奪えない。川崎がボールを奪えるのは川崎守備内に入り込まれたとき。そこから川崎の攻撃が始まる。横浜は頑張っていたとは言っても残念ながら攻撃の起点が作れない。横浜が川崎の攻撃を防いでいたのはフォワードを下げていたからである。横浜のフォーメーションは4-4-2とは言っても正確には4-4-2-0で、フォワードを下げている分だけ攻め上がりが遅い。だから実際に中盤でボールを回しているのは横浜であっても川崎には余裕があり、私は川崎の先制点は時間の問題だろうと思っていた。

 試合開始から先制点を奪うまでに35分かかっていたが、もしあと10分持ちこたえて前半を0-0に押さえていたならば試合展開は変わっていただろう。横浜には持ちこたえたという自信が生まれ、川崎の虚を突いた攻撃ができると思う。もちろんそれは横浜側にとっては最大限の「もしも」であり、実際は厳しいものであったに違いないが。

 こういう試合を観ていると横浜にちゃんと点を取れるフォワードがいればなあ、とつくづく思う。川崎ペナルティエリア前にボールが転がると、「この場にジュニーニョが横浜にいれば点が取れたのに」と思えるようなシーンがたくさんあった。この点を見ると、今の横浜FCが勝つためにはリティに何をしろ、と同情したくなる。その回答の一つが眞中弟の獲得なのだろうが、現実は厳しいのではないか。城と眞中が機能的に動き回ればマークも分散するし、敵も少し引くので横浜の守備もしやすくなる。この辺がどうなるか、次回以降注目したいと思う。

等々力陸上競技場 観衆:18,131人(公式発表)

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