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2009/11/10

サポーターの責任

 先日のエントリーでナビスコカップの表彰式の出来事を書きました。コメントは罵倒じみたモノが沢山来るだろうなと予想していて、それはまあ予想通りだったのですが、その中にサポーターの責任を問うものがいくつかありました。

 私は荒らしやアンチが吐き捨てているだけだろうと思って全く気にしていなかったのですが、一昨日の千葉戦で選手が謝罪に現れたとき、その選手達の真ん前で「サポも同罪!」というゲートフラッグを掲げている人がいるのを見て驚きました。他にも二つほど同じようなメッセージの横断幕やゲーフラもあり、ちょっと考えてしまいました。

 既に収束に向かいつつある話を蒸し返す形になりますが、自分の考えを書きます。---

 

今回の一件は100%選手の問題であって、ファンやサポーターには一切の責任はありません。

お金を払ってサッカーを見る人が、お金を貰ってサッカーをやる人の起した出来事に対し、責任など取りようがないのです。当たり前じゃないかと思っているのですが、当の川崎サポーターはそうは思っていない人もいるようです。

 観客は観客の立場でしか責任を取ることができません。これはファンだろうがサポーターだろうが、同じです。観客の責任とは・・・例えば旗竿で選手の頭を叩いたとか、ピッチに降りたとか、そういう不法行為に対して以後の試合で旗振りが禁止になったとか、入場禁止になったとか、そういう罰則を負うのは観客の責任だと思います。しかし今回は違います。壁にもたれかかったとかガムを噛んだとか、そんなことにサポーターが責任を負えるはずがありません。第一、責任の取りようがありません。この状態でサポーターにも責任があるなどと自分で言うのは偽善とは言わないまでも、おかしいことだと思います。

 じゃあサポーターはどうすればいいのか。それは

 1.選手を許すこと
 2.選手を信じること
 3.選手を応援すること

 この3つだけだと思います。

 サポーターも同罪、のメッセージの何がいけないのか。それは今、川崎の選手達を許すことが出来るのは川崎サポーターだけなんですよ。それをサポも同罪と言ってしまうと許す人がいなくなるのです。そこが問題だと思います。あの集団謝罪行進の中で選手がそのメッセージを読んだときにどう思うか。「サポも同罪か、俺たちだけが悪いんじゃないんだ」とは絶対に思わないでしょう。本来楽しく観戦するはずの人たちにまで迷惑をかけてしまった。申し訳ない、という気持ちをより深く持つのではないでしょうか。試合前に選手にそんな気持ちを持たせることは何もよいことはないと思います。

 話が外れますが、私は高校野球に代表される連帯責任という奴が、反吐が出るほど大嫌いです。このエントリーはそういう気持ちが前提にあるので書いてみました。今回は川崎サポーターに反感を買うかもしれませんけどね。そうだとしたら申し訳ないと思います。

 ちなみにこれは鬼武氏その他の言動とは全く別の話なので悪しからず。

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コメント

うーん、おっしゃる意味も考え方もよくわかりますが、
自分としてもどちらかというと「サポも同罪」な気持ちです。

「選手を応援すること」

がサポーターの役目であったなら、
ナビスコ杯の試合終了のホイッスルが鳴った瞬間に
全てのサポートをやめてしまったこと、それが同罪につながるのではないかなと思います。

サポーターの我々があの瞬間、
選手の気持ちを慮るでなく呆然とし、
自分自身の怒り、悲しみに浸っていました。

あの場で「よくここまできた」と認めて
拍手でもコールでもして表彰台に送り出せていたら
何か違ったかもしれない・・と思います。

試合中だけがサポートじゃない事はよく分かっていたつもりで、なにもしなかった・できなかったサポーター達。

そんな自戒の念があのゲーフラになったのではないでしょうかね。
偽善でもなんでもなく、ただただ力になれなかったと。

あるいはもっと応援していたら勝利して
問題行動そのものがなかったはずなのに、とか。

許す・信じる・応援する
この3つだけじゃなしに怒るという事も必要だと思います。

少し修正しようとしたらコメントがついてしまったのでここに書きます。

このエントリーでの本意はそれぞれの立場の違いの話です。
怒るのはサポーターの権利ですが義務ではありません。応援も権利ではありますが義務ではありません。

サポーターの応援がもっと良ければ勝っていたのかもしれません。負けたとしても選手はふてくされなかったかもしれません。しかし負けてしまったのは、ふてくされたのはサポーターの責任ではありません。100%選手の責任です。この両者の関係をはき違えると問題を見失うと思います。サポーターができることは応援すること、選手の力になることだけです。結果責任は負えません。

いつも拝見させていただいています。
各々の立場は違う。
仰る通りかと思います。
今回の騒動について、あるクラブのサポから
「川崎は選手とサポの目線が同じってのが・・・選手がすべて正しいという考えは危険かも」
と言われ、その意味をかみしめている最中です。

サポートのあり方なんて人それぞれ。
他人にとやかく言われる問題じゃないと思います。

私は川者さんに同感です。
選手が間違ったことをしたら
怒ること、それは間違ってるよといってあげることも必要と思います。
権利や義務といった難しいことではなく…そう感じます…

サポーターは選手の先生でもないし親でもない。あれらの行動の責任を取るのは選手自身であり、それをサポーターも同罪だなんていつまでも子離れできない哀れな親ですよ。

怒る事は必要だが、試合後のあの状況でそれを皆が理解してそれを行動に起こすなんて無理。サポは選手の行動の逐一を監視し、社会常識に全て照らし合わせて意思表示をしないといけないもんですかね。自分達を勘違いしすぎではないかね。

サポートを辞めた云々なんか関係ない。ああいう行為は彼ら自身の資質の問題。その一つ一つをサポーターが治していこうだなんて、それもおこがましい。幻想論を語っているうちは、いつまで経っても子離れしないと思いますよ。

個人的な感覚ですが、サポーターも同罪とか言ってる人はちょっと気持ち悪いです。なんていうか、サッカー(というか応援してるクラブ?)に悪い方向にはまっちゃってる感じがします。
同罪とか聞くと、何様?って思いますね。あの程度の選手たちの態度ってそんな観客が気にするようなことなのかな?
もうちょっとサッカーと距離置いて落ち着いたらいいのにと思います。

みなさんコメントありがとうございます。
書きたかったのは、立場の違いですね。ピッチの人と観客席の人は一緒にはできないということです。12番目の選手という言い方が誤解の元ではないかなとも思います。

これ、逆もまた真なのです。

酷い試合内容で負けて、サポーターが暴れて入場禁止になったとします。これは100%サポーターの責任です。これに対し、選手が自分のブログなどで、酷い試合をした選手にも責任がある、などと書くと話が非常にややこしくなり、問題が解決しなくなります。

そういうことをふまえ、選手は反省し、これを機会としてもっと良いチームになればよいですね。サポーターは応援するだけです。

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