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2012/05/29

◆韓国遠征記4 仁川の夜

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◆韓国遠征記3の続き

 時計は午後5時を回ったが、今晩の宿はまだ決めていない。昼ご飯も食べていないのでお腹が空いている。さて、どうしようか・・・・・。 悩んでいてもしょうがないので仁川市内に行くことにする。仁川市中心部に行くには電車で一駅乗り、東仁川駅で降りればよい。東仁川駅前は結構ゴミゴミしていて一昔前のソウル東大門付近の感じがした。ここで少し観光する。

 東仁川駅前を斜めに通る細い道路があり、丘を目指して登るようになっている。お腹が空いているが、頑張って歩く。左右に日式の「おでん」とか「やきとり」とか「居酒屋」とか書かれたお店が連なっていて、それがまた煙をぷんぷん漂わせて来る。何度も入りそうになりかけるが、その都度我慢我慢と前を向いて歩く。ハングルばかりの町の中で、こういう漢字の看板を出されると我慢をするのは難しい。

 丘のてっぺんにマッカーサー像があった。少し眺める。今の授業は知らないが、私の中学・高校時代は近代・現代史を徹底的にスルーしたような所があって、こういう戦争物はほんのサワりだけしか教えなかった。マッカーサーと朝鮮戦争はどういう関係があるのかわからない、という人も結構いるのかもしれない。仁川という土地が朝鮮戦争において劣勢だった戦況を一変させた上陸作戦の地であることはもっと知っておいても良いと思う。

 丘のてっぺんからさらに港の方に向かって降りる。ここが中華街で、中華料理店が多い。ここで夕ご飯を取ることにする。ジャジャンミョンという黒い肉味噌麺が韓国にあって、これは盛岡名物のジャジャ麺とほぼ同じものだが、発祥の地が仁川の中華街とされる。韓国が自称する発祥の地というのはあらゆる意味で眉唾ものなのだが、とにかく発祥の地だそうなのでそれを食べる。他にも食べたいモノがあるが、まずはそれを食べる。紫禁城というお店が伝承の地だそうなので、そこに入って注文する。

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 味は結構美味しかった。積極的に勧めるほどのモノではないが、手軽に腹持ちさせたいときにはちょうど良いのではないか。料金は5000ウォン(350円)。いわゆるB級グルメの類で、これだけだと少し寂しいかもしれない。

しばらく中華街をうろついてみる。横浜の中華街のような大規模なモノではなく、2本程度の通りに立ち並ぶだけのモノだが、やはり漢字があるとありがたい。ハングルだらけだと時々イライラしてくる。ハングルもある程度覚えてしまえば簡単なのはわかるけれど、年に1回いくかどうかのためだけに覚えるというのは結構きつい。

 時計は7時を回った。宿を探さなければならない。スマホのGPSで現在地を表示し、「MOTEL」と打ち込んでモーテル郡を探す。この近辺にはないようだ。私は中華街を下って仁川駅前に出て、線路沿いに2キロほど歩いた。東仁川駅に通じる繁華街で小綺麗なホテルを見つけたので交渉して泊まる。一泊4万ウォンで話がついた。
荷物を放り出して繁華街を歩く。ここから東仁川駅前にかけては飲み屋街とショッピングモールになっていて、人通りが多い。私は一軒の店に入って適当に注文しながらビールを飲んだ。明日は水原に移動する。

◆韓国遠征記5に続く

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