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2012年6月

2012/06/24

横浜FC 1-1 アビスパ福岡

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 大久保が横浜FCで西田が福岡ですか。サッカーやっていれば普通にあり得る状況ですが、結構面白いなと思います。昨日の川崎対マリノスもそういうところがありましたけどね。今日はメインスタンドで観戦します。先日のロアッソ熊本戦が神奈川区民デーでして、それを利用して無料招待券を貰ったところ、さらにチケットを追加で貰えました。それが福岡戦にビール1杯付きでS席1500円でご招待というものでした。それを利用して今日、スタジアムでチケットを引き替えるとさらにチケットをくれました。中身を見ると今後の4試合のうちの1試合をビール1杯つきS席1500円でご招待だそうです。クラブもなかなかやります。シーズンチケット所有者の中には面白くないと感じる人もいるかもしれませんが、今の横浜FCでは一般市民が正規のチケット代金で試合を見に来るのは非常に高いハードルがあるので、この戦略はアリです。

 さて試合の話。大分戦と同じく、この辺にカベがあるのかと感じさせる試合でした。良い試合なんだけど、ゴールをとりに行く決定的なチャンスが不足していてそこを越えることができない。限界があるのか成長中なのか、いっそ来年に期待なのか、その辺は人それぞれなんでしょうけど今シーズンに限って言うと見守って行くしかないのかなと感じました。ちなみにPKですが、これは福岡にとってかなり厳しい判定だったと思います。

 大久保とカイオの組み合わせはこれで良いと思います。それを踏まえた上で難波と田原と永井がどこまでポジションを奪えるか、ですね。実際良かったと言ってもこの試合はPKでしか点を取れていなかったのでまだまだ競争次第で面白くなるとおもいます。川崎もそうですけど、戦術を突き詰めていけば結局は点を取るのはフォワードの能力次第という当たり前の話になりますので、そこ次第ですか。逆に言うと横浜FCで結果を残すことができなければ少なくともJリーグでフォワードとして使ってもらえるところはないと思った方がいいですね。


 ニッパツ三ツ沢球技場 観衆:8,436人

川崎フロンターレ 0-0 横浜F・マリノス

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 最初に素朴な感想をひと言。マリノスのサポーターって田中や小宮山にしつこくブーイングをしていますけど、ああいうのってやってて楽しいのかなと思います。というか他のチームに行った元マリノスの選手にもやっているのかな?渡辺とか長谷川とか坂田とか。私だったら楽しさよりも悲しさの方が先に来ますけど。

 スコアレスドローの試合を面白く観戦できたのは久しぶりです。年1、2回そういう試合があって、そういう時はスタジアムに行って良かったなと思います。もちろん勝ってくれれば良いのですが、なかなかそうは行きませんね。

 風間監督が就任してから私はフロンターレのやり方に疑問を持ってはいました。しかし、攻撃的なサッカーを見せたいと言うクラブの思いとそれを体現してきた監督、応えてくれた選手達の努力は素直に凄いと思います。試合のレベルはかなり高度でこういう試合をJリーグで見ることができるのは幸せなことです。

 何が高度なのか?と言うと状況判断が非常に速いということだと思います。ボールを奪いに行くときや数的不利になったときはすぐに複数の味方が付き、フリーでボールを持てばすぐに複数の味方が展開する、そしてダイレクトにロングパスが出せる。別に難しい戦術を用いているわけではありません。広い視野と素早い状況判断が生んだシロモノで、それが試合のレベルを高くしています。この試合、惜しむらくはフォワードがチャンスを生かせなかったことで、やはり全盛期のジュニーニョクラスのフォワードが欲しかったと思います。それがあれば勝てていました。

 田坂と楠神が中に切り込んでボールを出せること、福森の成長など見るポイントはたくさんあります。稲本が先発で行けるのは高齢化と言うことを考えると問題なのかもしれませんが、少なくとも今日のプレーを見ている限りでは若手に変えるべきとも思いません。後半、足が全体的に止まりつつありましたので、交代のタイミングも適切でした。

 マリノスは中村俊輔の早い時間での退場が響いたと思います。俊輔の交代直後、川崎のペナルティエリア近くでマリノスのフリーキックがあったのですが、そこは俊輔が確実に決めるポイントで、実際危ない位置でした。マリノスはここ数試合無失点できていて、確かに今日の試合を見ている限りでは固い守備だったと思います。

 ただ、全体的にマリノスは攻める手段は限られていました。フリーでボールを受けられる場面が少なく、サイドに逃げるようなパスが多く、それはしばしばラインを割っていました。前半は特にそうでした。逆に言うと、前半川崎が点を取ることができれば勝ちにつながったのではないかと思います。

 川崎は3連勝後の引き分けと、4試合で勝ち点10をあげています。それは決して悪いことではなく、次の試合につなげることができます。次は監督が替わった神戸です。ここで勝つことができれば一皮むけることができたと言えるのではないでしょうか。

 等々力陸上競技場 観衆:20,590人

2012/06/18

日本代表 26-27 サモア代表

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 観衆は5,386人。ガラガラの秩父宮で行われた代表戦でした。もし、このブログを見ているラグビーファンの方がいたら是非、聞いてみたいです。何故この試合を見に行かなかったのか?と。

 一応、この試合はIRB(国際ラグビー評議会)主催の公式戦で、サッカーで言うと東アジア選手権に相当します。テストマッチではありません。それがメインスタンド中央以外は全て自由席で、大人2000円、子供は300円。さらに港区民は招待扱いで、それで観衆は5,386人。普段の横浜FCより少ない試合でした。正直、この無関心さのまま2019年ワールドカップを迎えるとなると寒気がします。人気がない直接の原因は「弱いから」なのでしょうが、それを含めても5300人は無いだろうと思います。一般人は仕方が無いとして、もっとラグビーファンはこの試合を見て応援して欲しかったですね。

 さて試合の話。負けた原因を結果から考えて見ると、コンバージョンキックがことごとく外れたからということになるのでしょう。特に試合終了直前、トライ後のコンバージョンキックが入っていれば逆転で勝てた訳ですからそこは疑いようもありません。しかし、全体を通してみればそこだけではないと思います。

 問題なのは試合の進め方だと思います。サモアはペナルティゴールを執拗に狙ってきました。それがわかっていながらコラプシング(スクラムをわざと崩す事)を多発してサモアにペナルティキックを与えてしまいます。もちろんガチガチ組んでくるサモアを止めるためにはそうせざるを得なかったのかもしれませんが、この試合が3連戦の最終戦であることを考えると、学習できていないなと感じました。

 コンバージョンキックが全て入らなかったのはサモアのタックルが早く、激しかったためにピッチの端へ端へとパスを出しながら進まざるを得なかったためです。それ自体は仕方が無いです。むしろ自分よりランキングが上のチーム相手にトライ数を上回ったこと自体は自信をもっていいです。でも4回もトライを決めたのならば、それがどんなに厳しい位置であっても1本は決めて欲しかったと思います。

 サッカーではコーナーキックから点をとれないチームは接戦で負けるイメージがあります。それと同じようにコンバージョンキックで点が取れないのはかなり致命的です。逆に言えばそこを強みにするとまだ「目」があるのかもしれませんが。その辺はわかりません。

 試合が終わった後、負けたにもかかわらず温かい拍手がスタジアムに沸き、選手も笑ってそれに応えたのが印象的でした。そういう「ノーサイドの精神」がラグビーの美徳とよくいわれますが、私はどうしてもこれがなじめません。「あたたかい」ではなく「ぬるい」ではないかと思っています。

 国立秩父宮ラグビー場 観衆:5,386人(公式発表)

 

2012/06/14

横浜FC 0-1 大分トリニータ

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 横浜FCはチーム創設時から応援していますが、現フロント体制になってからは不愉快な点がいろいろあって、かなり遠くから眺めるように観戦していました。ただ、それでも毎年ホームゲームの大多数を観戦しているうちに、いろいろ見える部分、見えない部分のところでクラブ自身が苦労しているところもわかってきたので、またちゃんと応援してみようと思います。このブログを読んでくださる人の中には、私に対していろいろ思う所もあるかもしれませんが、とりあえずそういことにしてください。

 さて試合の話。J1を目指す上でのカベがこの辺にあるのだろうなと感じさせた試合でした。試合自体は悪くはないし、ポゼッションも取っていたし相手の攻撃もちゃんと防いでいました。ただ、結果としてゴールを割れなかったこと、流れで崩されて失点したことは横浜FCと大分の間には皮一枚のカベがあるということなのでしょう。J2は22チームもありますが、本当にJ1昇格を目指せる強豪というのは現順位表の上位10チーム以内だと思います。失礼な言い方ですが、6連勝をした相手は今、順位表のどこにいるのか、そして今の順位で横浜FCが勝った相手はどこにいるのか、そういう風に見るとまだまだ強いチームになったとは言えないと思います。2006年にも言いましたが、昇格を目指すのであれば昇格したその先を考えて今のJ2を戦わなければJ1に昇格しても残留は厳しいのではないでしょうか。

 この試合では大分の森島と村井をどう押さえるか、横浜FCは大久保とカイオにどうボールを当てるかがポイントだと思いますが、森島と村井は概ね押さえられた反面、大久保とカイオへの連動性はあまり効果的ではありませんでした。左サイドの高地、阿部のコンビがかなりよかったと思いますが、右サイドの佐藤と杉山のつながりが今ひとつで、その右の部分を大分は狙っていったのかなと思います。というか、ファンの人には申し訳ないのですが、杉山ってそれほどいいとは思わないのですけど、横浜FCには右サイドバックに人材がいないのでしょうか。

 横浜FCで不満だったのは、フォワードの選手交代でした。何故大久保に代えて田原だったのか、ここはわかりません。ディフェンダーの杉山を野崎に代えて前線を厚くする代わりにオールマイティな田原を入れたかったのかもしれませんが、既に負けているわけですからフォワード同士の交代ではなく、フォワード3トップにしても良かったと思います。試合終了間際に大分ゴールに詰め寄る場面が多くなりましたが、時間が遅すぎました。6連勝という流れを止めたくは無かったのかもしれませんし、スコアレスであるからこそ交代しにくかったのかもしれませんが、勇気ある手を打って欲しかったと思います。

 次の栃木戦は昇格を占う大事な試合だと思います。勝てば次につながりますし、負けると横浜FCの現在地点が確定します。次につなげて欲しいと思います。

 ニッパツ三ツ沢球技場 観衆:2,639人(公式発表)

2012/06/07

◆韓国遠征記7 さようなら韓国

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◆韓国遠征記6 からの続き


 試合が終わると私はすぐにスタジアムを後にして、ダッシュで大通りに出た。目の前にあるバス停にはバスが何台か連なっている。私は運転手に水原駅に行くか確かめて乗った。バスはすぐに発車した。日曜の夕方なので市街地は混んでいて、通常なら15分程度で行くところが30分もかかった。道路は混んでいたが、今回のミッションは全てこなしたので、満足感があった。時刻は午後5時30分。陽はまだ高いが、既に私にはやることがなかった。

 問題なのは今日の宿をどうするか、まだ決めていないところである。普段なら夕暮れどきだからこの辺で泊まろうか、という気になるのがが、今回に限ってはそうは行かない。実は明日の帰国便が金浦空港午前8時発とメチャクチャに早く、コレに乗るには空港に午前6時30分に着かねばならない。宿泊地から空港までの所要時間が1時間と仮定すると、宿を出るのは午前5時30分、ぶっちゃけ、ソウル中心部に泊まってもきついかもしれない。

 私は水原駅からKTXでソウル駅に出て、空港鉄道で金浦空港に行った。空港の近くに泊まればまだ楽だろうという算段があった。金浦空港に着いたのは午後7時を回っていた。流石にお腹が空いた。金浦空港は国際空港であると同時に、プレミアムアウトレットモールと化していて、つい先月にロッテデパートが大々的に開店している。幸いデパートはまだ開いていた。土産物でも買おうかといくつかお店を回ってみたが、日本円換算で日本のデパートと同程度なのであきらめる。これだけ円高になっても高いと感じるのだから、韓国人相手に商売になるのかなともおもう。

 デパートで買い物をするのはあきらめて、いつもの空港に隣接しているショッピングモールでいつもの海苔とお菓子を買い、いつものフードコートで夕食を取った。午後8時にちかく、空港から出る飛行機は全て出てしまったので閑散としていた。ビビンバ定食を食べてみたが少し侘びしい。明日は帰国なのでビールも飲む。するとわびしさがさらに大きくなる。広いフードコートの中で一人で食べる夕食というのは、いいものではないなと思う。

 夕食を食べた後、ふと我に返った。繰り返すが、問題は今日の宿をどうするか、まだ決めていないところである。時計は夜9時を回っている。流石に焦った。とりあえず空港ロビーに行ってみると、幸いまだインフォメーションカウンターが開いていた。私はカウンターのお姉さんに金浦市に行くにはどうすればいいか聞いてみた。空港が金浦空港と言う名前なのだから、金浦市中心部はすぐ近くにあるのだろう、そう考えていた。それは浅はかな考えだった。

 お姉さんは、バス乗り場を紙で書いて、これに乗るようにと教えてくれたのだが、それによると金浦空港から金浦市内までは1時間程度掛かるらしい。教えられたバス停に行ってみると女子高生の集団が5人程度待っていた。彼女達に金浦市行きのバス停であることを確認する。英語が通じるのはありがたかった。夜の9時30分の空港バス停に女子高生とは少しミスマッチであったが、ひとりぼっちというのも寂しいのでホッとする。20分程度待っただろうか。ごく普通の路線バスが来て、彼女達は乗り込んだ。私も乗り込んだ。バスは金浦空港周辺の市街地をチョコマカ停車しながら金浦市に向かって走っていく。空港を離れると窓の外はなにも見えなくなった。スマホ+GPSだから心配はなかったが、なにも準備していなかったらちょっと心配になっただろう。

 GPSで表示される現在地と、地図に表示されるモーテル群の位置を見比べて、近い所でバスを降りた。このままホテルに入りたいところだが、明日に備えて帰りのバス停の位置を確かめておく。バス停で待っていたお兄さんに金浦空港行きの路線番号と始発時刻を確認し、最寄りのホテルに入った。もう明日の交通の心配は無いけれど、念のためホテルの支配人に明朝タクシーを呼んでもらえるか聞いてみる。問題ない、呼べるよ!と言うので午前5時に迎えに来てもらうよう、お願いし、部屋に入った。時刻は午後10時30分を回っていた。

 かなり疲れているが、今日は訪韓最後の日なので、外のコンビニでビールを買い、一人で祝杯を掲げ、すぐに寝た。明日の朝が早いことが気になり、なかなか寝付けなかった。

 翌午前4時30分起床。午前5時にフロントに降りて、支配人にタクシーを呼んで貰う。タクシーはすぐに来た。行きに1時間かかった道のりは、今度は20分で到着し、午前5時30分金浦空港着。ちょうど日の出の時刻である。今日は5月21日。日本では金環日食が見える日である。日本国民の大多数が日食グラスを片手に空を見上げている頃、私は金浦空港の待合室で、じっとチェックインが始まるのを待っていた。

おしまい。

 

2012/06/04

◆韓国遠征記6 水原三星-蔚山現代

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◆韓国遠征記5からの続き

 試合開始までは時間があるのでスタジアムに併設してあるワールドカップ記念館を見学する。入場料として1000ウォン(75円)を払うとスタジアムを模したピンバッチをくれた。展示物は当時の韓国代表のユニフォームなどが主で、相当古いユニフォーム以外はとりたて目新しいものはなかったが、係員がかなり親切で、片言の日本語で案内してくれた。日韓大会当時の光景を思い出すことができた。

 とりあえずチケットボックスでチケットを買う。相変わらずダフ屋が沢山いるが、値段を聞いてみるとバックスタンド側で1万ウォン。定価が1万4千ウォンだからまあそんなものかと思ったが、今日は快晴で日差しが非常に強い。バックスタンドだと逆光になってしまうので窓口で正規チケットを買った。2万ウォン(1600円)。昨日の仁川もそうだけど、全体的に昨年よりもチケット代を値上げしている傾向がある。それでも日本よりも安いが、これは円高の影響もあるので高い安いは一概には言えない。

 水原ワールドカップスタジアムは4万人収容の、正真正銘のサッカー専用競技場でピッチが近い。1階席から見る限りは何も不満に思うところがない。素晴らしいのはメインスタンド全体を覆っている巨大な屋根で、1階席を含めて殆どが雨に濡れることがない。この巨大な屋根、鳥が羽を広げるような形をしていて、それが「ビッグバードスタジアム」の愛称にもなっているのだけれど、ちゃんと屋根の役目を果たしているのが嬉しい。日本でも鳥が羽を広げたように作っている競技場はいくつかあるが、どれもデザイン優先で、雨をよける役目も日差しを遮る役目もない。そういう所が差をつけられているなあと思う。

 お客さんは多かった。今までKリーグは何試合か見たけれど、例外なくガラガラで日本のJ2のほうがずっと観客が多いと思うような試合ばかりだった。今日のスタジアムは試合開始1時間前でメインスタンド、バックスタンドは7割程度の入り、ホームゴール裏1階席はほぼ満席だった。私は2階席に行ったがそれも試合開始時刻が近づくにつれて埋まっていった。私は嬉しかった。やはりお客さんは多い方が良い。

 試合開始前のセレモニーが始まる。大歓声が上がったので何事かと見るとパクチソンがでてきて、何かしゃべっている。後で聞いた話ではKリーグの観客増加に一役買って欲しいと依頼があり、スピーチをしたそうだ。と言ってもパクチソンはKリーグでプレーをしたことがないからなあ・・あまり説得力はないのだが、いいのか?

 今日の対戦相手は蔚山である。あの家長がプレーをしている蔚山である。アウェーゴール裏の蔚山サポーターは殆どいなかったが、それでもブラジル国旗と日本国旗を並べてあってちゃんと応援していることを見せている。ちょっと嬉しい。

 スタメン発表が始まる。最初に蔚山から紹介されるので耳をすまてして聞いてみる。・・・ ・・・ ・・・ ・・・
サブだった・・・・・・・・・。


家長出せコラ!

がっかり。怪我をしているのかなあ。今日の試合は蔚山にとっても大事な試合で、温存ということはないと思うけれど。ガンバにいた頃は好きな選手ではなかったが、海外に出ればやっぱり活躍して欲しい。

続いて水原の紹介。韓国人選手名は何が何だか全くわからないが、外国人選手はわかる。ラドンチッチって今は水原にいるのか。甲府ではあまり活躍した覚えがなかったけど、城南に行ったところまでは知っている。続いてボスナー・・・。ボスナーって千葉や清水にいたあのボスナーか?スマホで調べて見るとそうらしい。私は選手の移籍はかなり無頓着なので、こういうことは疎いのだが、JリーグとKリーグって本当につながっていることを感じさせる。

ドボルザークの新世界交響曲が盛大に鳴り響きながら選手入場。水原は青、白、赤の三色旗でお出迎え。アディダス、トリコロール、ブルーウィングス。どこかのチームを思い出すけれど、まあいいか。

 試合が始まる。水原のパスが早い。でもあっさりカウンターを食らって蔚山先制。うーんどうなんだろう。でも遠い位置でフリーキックを得る。無理だろうと思っていたけれど、これをボスナーが一発で決めて水原同点。凄え!。蹴った場所はセンターサークルとペナルティキッエリアの中間くらいの位置で、ここからのフリーキックが決まったことは殆ど見たことがない。いいものを見せて貰った。それにしてもボスナーは凄い。

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スピードの速い展開は相変わらずで、正直、これはJリーグよりレベルが高いと思う。水原にしても蔚山にしても、チャンピオンズリーグでこれらに勝つのは並大抵の努力では無理だ。

 前半が終了した。私は一旦観客席の外に出た。水原のスタジアムはピッチの四辺が独立していて、それぞれの観客席は専用のゲートから入るようになっている。私はバックスタンド側でも観戦したかったので、一旦外に出てチケットボックスでバックスタンド席を買い直そうかと思っていた。・・・・ところが・・・

観客席間を区切るパーティションは何故か解放されていた。これだとどのチケットを持っていてもどこでも観戦できることになる。いいのか?私は一番値段の高い席を買ったのでそれほど良心はとがめないけれど、セキュリティは大丈夫なのかと思う。私はチケットを買い直すことなくバックスタンドに行った。まあいいか。

 ビッグバードの名にある巨大な屋根が美しい。こういう一見無駄のように見えてちゃんと機能性を満たしているというか、遊び心のある建築は日本人はできない。日本のスタジアムは、戦国武将の兜をイメージして作りましたなどと能書きをたれて、それが観戦のしづらさにつながってしまうのだから正直恥ずかしい。


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 想像はしていたが、バックスタンドは予想以上に逆光が厳しかった。これで試合を見るのは辛いが、もう戻るのもめんどうなので、ここで観戦する。席は概ね満席だが探せば結構空席が見つかる。それにしても、観客席は食い散らかしが目立つ。中国でもこういうところはあったけれど、結局は民度の問題なのだろう。どんなにスタジアムが立派でも、家電が日本を追い越しても、結局モノを言うのは国民性かなと思う。最近の日本はそれも怪しくなってきたが。

 試合は1-1で膠着していたが、後半ロスタイム、あとワンプレーで終了か、というところで水原が勝ち越しゴールを決め、そこで終了した。大歓喜にわくスタジアム。がっかりして倒れ込む蔚山の選手。この対比がサッカーの試合の中で、一番残酷で一番美しい風景だといつも思う。試合終了を見届けると私はダッシュでスタジアムを後にした。

 ◆韓国遠征記7 に続く

2012/06/02

◆韓国遠征記5 水原へ

韓国遠征記4の続き

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 モーテルの窓からさんさんと降り注ぐ強い日差しに目が覚めて、午前6時起床。朝風呂に入って身だしなみを整える。テレビをつけても何を言っているのか全くわからないので出発することにする。眠りこけている管理人の前に鍵をおいて外に出る。今日もド快晴。5月20日日曜日。外は誰も歩いていない。

 仁川市内を散歩する。仁川は日韓併合時代は日本本土や中国本土への輸出入の拠点だったので当時の建物が沢山残っている。区役所を中心とした一帯は倭館街のような、日本の建物を集中的に残しているようで、映画のセットのような感覚を覚える。区役所自体、当時の日本の役所のもの、他にも朝鮮銀行や十八銀行と言った日本の銀行が多数残されていて。ちょっと考えてしまう。

 日韓併合については韓国・北朝鮮の人が日本に対してかなり強く恨みを抱いていて、それが現在まで反日という形で至っているわけだけれども、それは言いがかりではないかと思う。少なくとも私が見ている限りでは相当数の施設が当時の日本によって建てられたわけだ。それらの施設はは当の朝鮮人全体が日本人として使用することができた。もちろん日本語の使用を強制されたり姓氏改名をさせられたりして屈辱的ではあったとしても、当時の欧米諸国がやっている植民地政策とは全く意味合いは違う。当時の朝鮮半島は紛れもなく日本そのものであって植民地ではない。そこが中南米やアフリカ、あるいはオランダの植民地とされたされたインドネシアとは違う。それよりはずっとマシだと思う。

 当時の朝鮮半島は日本と清国が互いに睨みをきかせつつ、清の属国となっている状態だった。つまり日本が併合しなければ朝鮮半島は清国の領土となり、そのまま中華人民共和国の一部となっていただろう。チベットにおける中国の侵略行為を見ると、それは間違いないと思う。当時の大韓帝国にはそれらに対抗するだけの軍事力も政治力もなかった。清国の領土になれば朝鮮半島一帯は中国における朝鮮族という民族地域ができるだけ、つまりチベットやウィグルと同じ状況が朝鮮半島に起きるだけだろうと思う。

 当時の李氏朝鮮、あるいは大韓帝国自身が日本との併合を望まないのならば自分達で軍隊を強化し、政治力を強くすれば良かった。それをしなかったのは自分達の問題であって日本せいではないと思う。韓国国民が併合されたことを恨むのなら、それは日本に対してではなくて、当時の自分達の為政者に対して恨むのが筋ではないかと思う。日本が戦争に負けてそれらの施設を放棄して、なおかつ当時の朝鮮半島の人々に対して事実上の賠償金まで支払っているのに、さらに今日になってまで日本企業に個人賠償を求める裁判まで起こしているのを見ると、結局はこの程度の国民なのだろうと思う。

 閑話休題。

 早朝の仁川市内の散策をしたあと、タクシーでバスターミナルに行き、水原行きのバスに乗った。仁川-水原間のバスは頻発していて、すぐに乗れた。バスは高速道路をひた走る。朝が早かったこともあり、すぐに寝た。運転手に起こされて目が覚める。危なかった。事前に運転手に水原行きであることを確認したのが良かった。このバスは釜山に近い浦項行きで、下手すると400キロ先の浦項までつれて行かれるところだった。礼を言って外に出る。

 バスセンターのレストランで遅い朝食兼早い昼食を取り、今日の日程を考える。現在は午前11時。試合開始は午後3時であと4時間もある。私はタクシーでパクチソンサッカーセンターに行った。

 パクチソンはマンチェスターユナイテッドの選手で、かっては京都サンガにいたこともあり、日本でも有名な選手である。彼はここ水原の出身なので、地元に対してサッカーアカデミーを開いている。偉いことだ。韓国の人気度はすさまじく、至る所にパクチソンの人形があり、パクチソン大通りまである。日本で言うと中田英寿か三浦知良かと行ったところだが、日本のそれとは熱狂度具合が全く違う。

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 パクチソンサッカーセンターは映画の撮影が入っていたようで、付近一帯は立入禁止だった。取り巻きファンがかなり多く、それっぽい俳優が通るたびにキャアキャア声がかかる。何がよいのかよくわからないのですぐに撤退する。大通りまで歩いてバスに乗り、バスセンターに戻った。まだ時間があるのでバスに乗って水原華城に行く。城は町の中心部にあってそれほど乗るまでもなく入口についた。

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 水原華城は輪城で、ヨーロッパによくあるタイプの城壁でかこった城である。天守はない。18世紀末の建築なので城自体は結構新しく、輪城ということもあって、特に思うような所はなかった。城伝いに歩いてみようとしたが、全長が5キロもあって、なかなか厳しい。直射日光による暑さと登り下りの連続で体力が無くなり、半周したところで挫折した。まだ少し時間があるが、スタジアムに行こうと思う。

スマホでGPSを開き、自分の位置とスタジアムの方向を確認する。華城からスタジアムの近くまでは大通りが伸びているので、スタジアム方面に走るバスを見つけて飛び乗る。途中、変なところを曲がられると困るので、GPSで現在位置を常に確認し、数百メートルの近さまで近づいたところでブザーを押し、バスを降りた。通りを抜けて交差点に入ると大きな照明塔が見え、サポーター達が続々と集まっている。水原ワールドカップスタジアムの特徴である鳥の羽をしたスタジアムが目の前に現れた。試合開始まであと1時間である。

韓国遠征記6 に続く

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