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アクセスパーツ

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アニメ

2013/08/28

【映画】 宇宙戦艦ヤマト2199

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昨年4月の上映開始から一ヶ月おきに上映され、今回の第7章で完結しました。全7編全部観ましたよ。ある意味感慨深いです。感想はいろいろありますが、何よりも初作(昭和49年)のストーリーをほぼそのままリメイクに徹した部分が良かったなと思います。

ここ数年、昔懐かしのアニメーションが映画化されていますが、その多くが現代的な解釈のもとストーリーを変えて失敗しています。オリジナルが面白いからヒットしたわけですからそこの部分は手をつけてはいけないんですよ。たとえ原作品がストーリー的におかしくても。中途半端に現実的な話を盛り込むからしらけてしまうんです。サイボーグ009とか、タイムボカンとか。ガッチャマンはまだ見ていないけど、同じような気がします。

この作品が素晴らしいのは、リメイク前の作品の、明らかにおかしい部分を抹消せず、後付けに解釈をつけてそのまんま上映しているところです。たとえば、

 旧作:宇宙空間なのに急降下爆撃で攻撃したり、飛行甲板を持つ空母が出たりする部分→新作:重力圏下での会戦に設定を変更し、逆に艦載機が離艦時に一瞬沈み込む演出までつけた。

 旧作:敵のドリルミサイル内に制御室がある理由が不明→新作:元々工事現場の機材を転用したものだからと説明を追加

 旧作:そもそも敵の兵器のデザインが地球のものにそっくり→新作:敵ガミラス人のDNAは地球人のDNAとほとんど同じだから兵器デザインも似ている。さらに敵の空母にカタパルトがあったり、戦車の履帯は地球側と全く同じとか、逆に開き直っています。

 他にもいろいろあります。何しろ、私が小学生の時に「そこはおかしい」と突っ込みを入れまくっていた部分がそのまんま設定付けをし直して出してきたのは拍手ものですよ。そのおかしい部分を含めてヤマトの面白さはあるのですから。

 その昔懐かしの部分に加え、敵側の設定を細かくしてストーリーに深みを出しています。たとえば、敵にも家族がいて帰りを待っている。敵は独裁国家なのでクーデターを起こす人物がいる。敵は侵略国家なので非侵略者達は二等市民扱いされている。その二等市民達が兵となってヤマトと戦うなど。そういう部分が話を引き込ませる魅力になっていました。(敵側にも戦う事情があるという設定を作ったのはヤマトが初めてだったそうです。それが後のガンダムに引き継がれる訳ですが)

 話自体は、汚染された地球を救うため、放射能除去装置を取りにアンドロメダ星雲まで一往復するという、非常にわかりやすいものですから、あとは航海中の戦闘シーンをいかに楽しむかがこの作品のキモなわけです。それがそのまんま踏襲したことは本当に満足でした。

 ただ、それでも初回作品から40年近くたったわけです。当時小学生のだった私が今、この作品を見ると、年を取ったのかなあと感じてしまう部分もあります。それはどういう所かというと、極端に好戦的な部分が目立つのですよ。その戦う部分がなんだかなあ・・と。

 戦うか、逃げるかの場面で常に戦うことを選択するのはやむを得ないとしても、何故そんなに戦う?と問い詰めたい場面がそこかしこに出てきます。まあぶっちぇけた話、現実の戦争の常識からかけ離れているというか、そんなに殺し合いをやりたいのか、とか。

 現実は全面戦争とは消耗戦で、消耗しきった方の負けです。損傷した兵器が次のシーンで直っているのはヨシとしても、兵隊は死んだらそれで終わりなわけです。そう考えると、安易に白兵戦を選択したり、指揮官が単機で敵の勢力圏化を強行偵察したり、ようは死ぬことを全く考えない命令を頻繁に出すのはどうなのか、とか。

 あとは初回作品の時からそうなのですが、敵の大艦隊は斉射でもヤマトには当たらない。あたっても小破ですんでしまう。逆にヤマトの主砲は百発百中、艦載機のミサイル一発で大型空母が爆沈するとか、いくらなんでも一方的すぎるだろうというシーンがてんこ盛りで出てきます。また敵本星の都市を破壊しまくったりと無差別に虐殺するのもどうかなと。そういう、戦闘をできるだけ回避して生存性を高めるという戦争の常識が全くない部分は見ていてなんだかなあと思いました。敵をバンバンなぎ倒す所に爽快感を覚える映画なんだという風に見ちゃうのが今の自分なのかなあ。

 まあそういう所を突っ込まず、40年近く前に夢中でみたあの作品が、綺麗なコンピュータグラフィックでもう一度見られるというのが作品を最大に楽しめるところなのでしょう。そこに徹すると満足できると思います。

 8月24日 横浜みなとみらい ブルグ13

2013/08/04

【映画】 風立ちぬ

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 自分の感想はおいといて、全体の話として書きます。少し重いです。

 この作品はゼロ戦の設計者、堀越二郎の半生をベースに恋愛を織り交ぜたフィクションです。戦闘機の設計の話は事実ですが、恋愛については小説「風立ちぬ」をベースにしたフィクションで、さらに夢の中でいろいろな飛行機が出てくるので、ドキュメンタリーなのかファンタジーなのか見極めが難しい映画でした。

 戦争の話が多く、しかも日の丸をつけた戦闘機や爆撃機がバンバン出てきます。それはキナ臭く、さらにタバコを拭かすシーンが頻発するので子供には見せられないと感じる人も多いでしょうね。今までのジブリ作品と同じ感覚で見ると確実に裏切られます。よくR指定にならなかったなとすら思います。

 では、どういう人が楽しめるのか、書いてみます。

 まず、NHKの「プロジェクトX」のような話を楽しめる人は感動すると思います。戦闘機の開発で日本がドイツに20年遅れている状態で、しかもドイツの技術者に馬鹿にされ屈辱をかんじつつもそれに追いつこうと努力する。最初に設計した七試艦上戦闘機はアヒルのような格好で試験飛行で墜落し、パイロットは殉職する。苦悩を感じつつも決してあきらめず、次にチャンスをもらった九試単座戦闘機で欧米の戦闘機に負けない性能をたたき出し、それが後の十二試艦上戦闘機、つまりゼロ戦につながっていく。この作品はゼロ戦の登場まできっちり描ききっています。ちなみにこの作品のポスターに書かれている飛行機は九試単座戦闘機です。そして劇中で二郎が開発陣に話した「引込脚については次の戦闘機で採用しよう」という台詞の「次の戦闘機」とはゼロ戦のことです。

 次に純愛小説が好きな人は楽しめると思います。帝国大学(東大)を首席で卒業したエリート技師と結核を患った上流階級のセレブ少女の純愛話が切なくて悲しくて、でも精一杯生きて、末期に身を隠す話は私も涙が出ました。軽井沢の高級ホテルで食事を取りながらプロポーズなんて素敵すぎますよね。昭和初期の結核の治療というのは全く知らない世界の話ですが、冷たい山の中、外気にさらされながら毛布にくるまって寝るというのは辛いんだろうなと思います。それでも人を思い続けること・・・興味がない人にはベタベタに写るかもしれませんが、そこを楽しめるかどうかは人によります。見る人の性格にもよるし、理解度にもよります。ヒロインの菜穂子が主人公の元を去るシーンを酷評する人がいますが、昭和初期では結核患者が町の中にいることなど許されない時代です。結核は空気感染する伝染病で致死率50%を超えたわけですから、夫のことを思えば山の病院に帰るのは当然で、それも黙って去る以外の方法はなかったでしょう。

(話は外れますが、現在でも山の中をドライブすると、いきなり国立病院が出てきて驚くことがあります。そういう施設は元々結核やライ病の療養所で、要はこの病気にかかると隔離するしか治療法がなかった、それは治療ですらなく、実際は一般人に感染させないようにするしかなかったということです)

 この作品はそれらが密接に絡み合いながら話を進めていきます。ポスターに描かれている「堀越二郎と堀辰雄に敬意をこめて」というのはそういうことです。飛行機を作ること=軍用機を作ることでしかなかった時代。作った飛行機が多くの人を殺し、操縦士自身も撃墜され殺されていく時代。その中で前向きに生き、人を好きになり、別れ、死に、自分だけは生き残っていく様。そこから出る苦労や苦悩が、タバコを吸うことで気を紛らわせているんだなと感じさせます。そういう時代です。分煙なんてなかったし、仕事したくなければニートになるような現代とは訳が違います。

 そういうことが理解できれば、結核患者が寝ているその横でタバコを吸っている意味もわかるし、二郎が夢を見る中でゼロ戦の大群が飛んでいって、それを「一機も帰ってこなかった」と言った意味もわかるし、「それでもあなたは生きなければならない」と言われた意味もわかると思います。 この作品の私の感想ですが、もちろん作品の意図は理解した上で、技術的な挑戦の部分も楽しめたし恋愛の部分も楽しめました。

 逆にそういう意図を全く理解せず(あるいは意図的に無視して)見るとかなり酷い作品に見えるでしょう。日の丸をつけた戦闘機の大群に嫌悪感を感じる人もいるでしょうし、頻発する紫煙を毛嫌いする人だって多いと思います。なによりもそれが何故ジブリで出すのか?というところが理解できないかもしれません。正直に言うと私もわかりません。

 一説では、宮崎駿氏は戦闘機や戦艦は大好きだけど、戦争は大嫌いだった。その「矛盾」した気持ちにけじめをつけるために作ったとの事です。本当かどうかはわかりませんが。

 でもそれっておかしな話です。機能を極限に追求した製品は例外なく美しく格好いいものです。それは兵器に限らず文房具でもスタジアムでもみんなそうです。兵器というのはデザインに一切の無駄がなく、それ故に格好良く、あこがれの対象になり得ます。男の子がカッコいいものにあこがれて何が悪いのかと思います。

 では兵器が好きな人は戦争が好きなのか?それも違います。戦争とは外交問題を解決する手段でしかありません。戦争は人を殺すことを楽しむものではありません。世界中のどの時代の軍人も、現在の日本の自衛隊員も、実戦を経験せずに退役できることを願っています。仮に戦地に行くことになったとしても、それはそれが自分の使命だからやっているだけです。ですから宮崎駿氏がけじめをつける必要なんてありません。この作品をジブリが出す必要性がわからない、という部分については私もそう思います。


 8月1日 辻堂:109シネマズ湘南

 

2013/05/17

【映画】名探偵コナン 絶海の探偵(プライベートアイ)

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去年の「11人目のストライカー」が結構面白かったので、今年も見に行くことにしました。何しろ防衛省全面協力でイージス艦が舞台というのですから、軍艦好きにはたまりませんね。しかしサッカーといい、イージス艦といい、私の好みをバッチリ押さえているのは凄いな。来年はバイクのレースを一つよろしくお願いします。サーキットが舞台というのも十分ありだと思いますよ。

 さて感想。予想を遙かに超える凄い作品でした。イージス艦の情報漏洩で、漏洩者は現職の自衛官、漏洩先は「あの国」のスパイ。イージス艦内で防衛省の内偵があって、警察と防衛省と海上保安庁との間で縦割り組織の弊害まで出ちゃうという、完全に大人向けの話です。ていうか、小学生がこの話を理解できるのか、そっちの方が疑問です。同行した甥っ子に聞いてみると、やはり背景はわかっていないみたいでした。でも面白かったとのこと。まあそうだろうなと思います。

 ストーリーの緻密さはハリウッド作品と遜色はなく、同じ話で007がやってもおかしくないし、アメリカ海軍のイージス艦を舞台にトム・クルーズが主演をやってもよかったと思います。ファンには申し訳ありませんが、コナンが主役というのが、緻密な話を一気に現実離れさせてしましたね。

 イージス艦が出航して、湾内に不審船が出て、艦長と副長との間で攻撃するかどうかの葛藤があって、内偵の女子職員が絡んできて、さらにその一つ一つの所にコナンが割り込んで行くという、濃密かつハラハラドキドキの展開。そしてきっちり、寸分違わず丁寧に書かれている「あたご」型イージス艦とSH-60Jヘリコプター。単駒割も迫力があり、そして格好いい。ヘリも軍艦も短魚雷を撃つ自衛隊員もみんな格好いい。5インチ単装砲塔もスパイを捕まえるのに一役買いました。コナンの大切な人をSH60ヘリが必死に探す姿は私が見たってドキドキでしたよ。冒頭の伏線をここで回収するのかと感心したりしてね。

 全体的に見て、新規の登場人物が沢山出ている割には話の展開は結構わかりやすかったというのが特筆すべきところでしょう。「あの国」のスパイが誰であるか、死んだ自衛隊員が何をしたのかは比較的早い時間にわかっていて、あとは誰が自衛隊員を殺したのかがストーリーの核心部分でした。私は最後までわからなかったのですが、甥っ子はわかっていたようです。コナンは謎解きアニメなので新規の登場人物が沢山出るのはお約束で、話を見ていると犯人だけはなんとなく検討がつくのだそうです。本当かな?

 コナンに興味のない人がこの作品をみた感想ですが、今の日本を取り巻く国際情勢が、この作品にぴったり合ったというのが現実なのだと思います。背景が子供に理解できるかどうかは関係なく、観衆に対して自衛隊の限界を知らせる役割もありました。たとえば映画の最初の頃に出た、アンノン物体に対しては先制攻撃ができないことなどは私から見ても理不尽と感じました。そして「あの国」はど実際にどの国のことを言っているのかバレバレでしたし、だからこそ「あの国」ならこういうことだってやりかねないことも納得させてくれました。そして何よりも海上自衛隊に対する広報活動としてはもの凄いPRになりましたね。エンドロールのSH60やあたご型護衛艦の実映像がアニメのイメージをそのまま引き継いでいました。この映像効果は去年のサッカーも同じく魅力ある物に写りました。これならヒットしますよ。コナン興味がない人でもまたみたいと思いますしね。

 5月4日 ワーナーマイカル春日部

 

2013/05/14

映画:STEINS;GATE(シュタインズ・ゲート)

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 シュタインズ・ゲートは元々アドベンチャーゲームソフトとして評価が高かったのですが、それがテレビアニメとして上映され、その続編が映画となりました。私はゲームはやりませんでしたが、この映画を見るためにレンタルビデオ屋でDVDを全巻借りて事前に予習してきました。ハッキリ言ってテレビ版を見なければどういう話かよくわからなかいだろうなと思います。ということで、テレビ版から説明します。

この作品の特徴はタイムトラベル物に真っ正面から取り組んでいるところにあります。「シュタインズ・ゲート」のシュタインとはアインシュタイン博士から来ています。タイムトラベル物によくあるタイムパラドックス(過去を変えることによる未来の変化・矛盾)やタイムトラベルの限界(相対性理論による時間旅行は難しい)という設定で、その中でどうやって過去の世界にに干渉できるか、大切な人を救えるか、という部分が見所になっています。

 この作品でタイムトラベルをどうやって実現させているかと言うと、「世界線」という時間軸が平行に何本も、無数に走っていて、それぞれの世界線の中の自分に意識だけが移動できる設定にしています。つまり肉体は移動しない。この作品を知らない人に説明するのは難しいのですが、要は昔の自分(別の世界線の自分)に意識を挿入するということでタイムパラドックスを解決しています。意識が変わることにより世界線を移行する、それを実現するのは「Dメール」という過去に送信できるメール。このメールを送ると、その受信者は現在とは違う世界に入っていきます。物語の見せ場は、自分の大切な人が「組織」によって殺されるところ。それを回避するために主人公は世界線を操作して世界を変えるわけですが、結局はシチュエーションが変わるだけで殺されることには変わりはない。それでも主人公はあきらめずに世界線を変え続ける。その何度繰り返して助けようと努力しても、結局は死んでしまうという絶望感の中で必死にもがく青二才の主人公に私は、何度も引きこまれてしまうのです。

 話の出だしは難解です。「組織」っていったい何?とか、メイド服を着た子や巫女さんをやっている男の子とか、最初は必然性がよくわからなかったのですが、それが話が進むごとにつながってきて、最後のクライマックスまで続きます。いわゆる「萌え」要素が満載で、そういうのが好きなひとはそこも楽しめるのですが、ストーリーが織り込まれ、練り込まれていてかなり濃厚な作品になっています。最終的には第三次世界大戦を防ぐために未来から来た子供に助けられるのですが、多少の無理矢理感はあっても良い結末だったなと感じました。痛さ全開の主人公や、「ツンデレ」を絵に描いたヒロインとか、キャラクター付けも秀逸でした。

 で、今回の映画ですが、そのエピローグ的な話です。何度も世界線の移動を繰り返して、現実世界から消滅しかかっている主人公をヒロインが助け出そうともがく話で、これはこれで有りだなと感じました。銃撃戦やアクションシーンや重火器などは出てきませんが、作画が丁寧なこと、オープニング・エンディング・挿入歌がすばらしかったことが映画の作りをずっと良い物に仕上げました。

 4月24日 TOHOシネマズ川崎

2012/10/31

009 RE:CYBORG

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【注意】このエントリーはストーリーの核心に触れる箇所があります。まだ見ていない方は注意してください。

 最近はやりのリバイバル作品。昔懐かしいイメージを最新のアニメーション技術で再現するとこうなるという感じでした。技術的には文句はないし、上海やドバイ、六本木の町が爆破されていく様子は見応えがあったと思います。戦闘機や爆撃機、イージス艦や各種ミサイルも考証を重ねて作られており、その点は特に不満はありませんでした。しかし、それだけだったと思います。

 ストーリー的に見ると「よくわからなかった」というのが本音です。敵は誰なのか?何と戦ったのか?戦い続けて問題は解決したのか?そういうものが全くわかりませんでした。話全体が政治と宗教、哲学との混合で、これを理解しようとなるとそれぞれの面でそれなりの知識が必要になります。言い方は悪いのですが、アニメを見るのにそういう理解力を必要とするのか、と憤りすら感じました。

 話を読んでいると、「神の声」を聞いた政治家や軍人達がトランス状態に入り、暴走を始める。サイボーグ達はそれを止めるというのが本筋なんだということはわかりました。ただ、その「神の声」とは難なのか、それが最後まで見えず、不満が残ります。見えない敵と戦い続ける映画というのはストレスがたまります。

 神と戦うという設定は実写・アニメにかかわらず酷い設定だと思います。昔の格闘漫画で最初は近所のいじめっ子達と戦う話だったのに、強くなり続けた結果、宇宙を支配している✕✕と戦うという強さのインフレになる作品が結構ありましたが、それを思い出させます。実態が全くないわけですから始まりも終わりも好きに作れます。そういう雑さ、安直さが全面に出ていました。

 結末もお粗末で、主人公は宇宙で死んだと思わせておいて、最後は全く違う世界の中で全員再会するというものでした。敵は死んだのか?人類は救われたのか?町が爆破されることはもうないのか?それが見えません。今も爆破を続けているのなら主人公はなんで頑張って戦ったのだろう、そういう不条理さが??????と疑問だらけのまま完結しました。

 正直、こういう哲学的要素を含ませるのではなく、純粋に巨大な敵との戦いでよかったんじゃないかと思います。その中で戦闘機やイージス艦など実在の兵器をアクセントで登場させればそれで十分ですよ。この009は30年前以上のこども達が夢中になって見たアニメだったんですから。

 10月31日 TOHOシネマズららぽーと横浜

2012/10/28

魔法少女まどか☆マギカ【前編】【後編】

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【注意】このエントリーはストーリーの核心に触れる部分があります。まだ見ていない方は注意してください。

 私はこの作品をテレビでは見ていませんし、内容も知りませんでした。ただ、ロリコンチックな絵とは裏腹にとても怖い話だというのは聞いていました。最初の方で主人公が食われて死んでしまうという話も知っていたので、見る前はプリキュアのような変身少女物に対するアンチテーゼなのかなとも思っていました。

 で、見た感想ですが・・・凄いわこれ。恐ろしく話が練り込まれていて戦慄すら覚えました。あのかわいい少女を取り巻くおぞましい出来事の数々、それらを見る側に恐怖心を抱かせることなく戦慄のみを与えるやり方は凄いなと思います。随所に流れるオーケストラが見る者をスクリーンに引きつけます。かわいそうというよりは、ここまで救われない話を引っ張っていくのかという気持ちが強かったです。

 救われないと感じるのは、話の主題が「恨み」と「嫉み」がベースになっているからだと思います。魔法少女は魔女を倒すことで大切な人を、そして自分の住んでいる町の人々を救うと信じていること。そしてその信じてる人から見捨てられ、社会からは裏切られ、救われなくなるその「恨み」や「嫉み」が魔法少女を魔女に変えていくこと。その輪廻に自らが気づき絶望の縁に叩き込まれること。そして「まどか」以外の主人公達がかかえている心の闇。いくつもの「闇」の部分が楽しい絵柄の真逆を突いているので目が離せなくなります。本当の悪者はだれなのか、救われない魔法少女達がどう救われていくのか、そう不安にさせながら前編が終わります。そして後編はその謎解きとなり、話が終わりました。前編後編合計4時間。アニメ12話分の総集編とはいえ、いろいろな意味で疲れを感じました。いい意味でも悪い意味でもそうです。

 私はいままで何本も映画を見てきましたが、妬みや恨みをベースとしたアニメというのは初めてだと思います。これが絶望からの挑戦とかならたくさんありますけどね。この映画を構成している一つ一つの材料は他の作品にも見つけることができます。たとえば心に陰を持つ少女だからこそ戦うことができるという設定はエヴァンゲリオンがそうです。この映画の監督は仮面ライダーからヒントを得たそうですが、他にもあるかもしれません。私はさやかの発狂するシーンは森鴎外の「舞姫」を連想しましたが。

 一つ残念だったのは後編の終わり方です。様々に絡み合った話を解決させるために、主人公は宇宙を変えるための存在に昇華させて完結させます。それ以外やりようがなかったのかもしれませんが、この方法は20年前の漫画作品で散々とられた方法で、ちょっと安直だったなと思います。難しいかもしれませんが、生き残った主人公達でなんとか解決させてほしかったです。

 ジブリ作品や「おおかみこどもの雨と雪」のような作品を正当派と呼ぶのなら、この作品は異色なのかもしれません。ただ、私の中に印象として強くのこったのはこの作品でした。

 10月24日 横浜ブルク13