プライド・イン・ブルー(映画)
秩父宮でラグビーを見た後、国立競技場横のスポーツバー、ディスコ・パンツによります。18時30分からNPO法人横浜スポーツコミュニケーションズ主催のイベントに参加します。昨年のドイツワールドカップが終わった後、同じドイツで知的障害者のサッカー大会が開かれました。日本代表もこの大会に参加しています。日韓大会でも同じ大会が開かれましたので記憶に残っている方も多いと思います。そのドイツ版をノンフィクション・ドキュメンタリーにまとめたのがこの映画、プライド・イン・ブルーです。首都圏での上映は終了しましたが、個人団体による上映会は各地で行っており、本日もここで行われれることを知って参加しました。
この大会ですが、結果だけ先に言うと、日本は2勝4敗で終了しました。成績面はもう一歩の感があるかもしれません。しかし、この大会で大事なのは当然のことながらそこではありません。障害を持った中でサッカーを続けること、健常者と重度知的障害者の狭間に自分がいること、その微妙なポジションにこの大会があり、彼らはそこに参加しています。その「狭間」を自然にくみ取っているところに、この映画の価値があります。
私は5年前の知的障害者大会を海老名陸上競技場で観戦しました。そのときの感想は、非常に語弊がありますが、「案外普通に試合をしているな」と言うものでした。試合自体は健常者の大会と特に遜色はありませんでした。ただ、そこがポイントなのかなと思います。
障害の具合にも重度と軽度があり、彼らはどちらかというとみな軽度です。物心が付いたときから自分はみんなと同じだと思っているのに、周りからはそうだと思われていない。人と同じコトが「微妙」にできない、そしてその微妙な傷害を理由として特殊学級に入学する。自分自身が知的障害者であることを認めること、その苦悩や辛を初めて知りました。
障害者であることを認めたうえでこの大会に参加すること、それはA代表に選ばれてワールドカップに出ることとはまた違った気持ちがあります。しかし、出ると決めた以上は仲間同士の激しいレギュラー争いがあり、メンバー落ちした悔しさがあり、そして応援してくれる人たちに応えようとする意欲があるわけで、それらはA代表と全く変わりがありません。
初戦のドイツ戦での惨敗、そして続くロシア戦でのPK献上による敗戦、それらの悔しさはひょっとしたらA代表が惨敗したブラジル戦やオーストラリア戦よりも悔しいものがあったのかもしれないなと思います。そういう気持ちを画面を通して感じました。
エンディングでA代表の試合映像とと知的障害者代表の試合映像が交互に流れますが、その光景は全く同じでした。人として生きるということ、それは健常者も障害者も何ら変わりはないのだなと、ありきたりですがそういう感想を持ちました。




